所長コラムCOLUMN

第48回 「日本経済新聞2020年11月15日 文化面 『歌心は科学する』 を読んで」 2020.12.15

 文化と文明はどう違う

 歌人で情報科学者である坂井修一氏が日経の文化面に寄稿された散文を読みました。それを読んで感じ入るところがありましたので、思うところを述べたいと思います。寄稿文では、坂井氏が、国立科学博物館で「世界遺産 ラスコー展」での壁画を見た時の感想を述べています。描かれている動物の一頭一頭の躍動感や重なり合う重量感は我々を圧倒してやまない。それは、2万年前にクロマニョン人が描いたものであり、それは、芸術であり、文化であるのですが、その価値は変化することなく、現代のわれわれにも十分伝わるものがあるというのです。

 ここで文化を、文明と比較しながら、考察してみましょう。広辞林では、「文化」とは民族や社会の風習・伝統・思考方法・価値観などの総称で、世代を通じて伝承されていくものを意味するとしています。これに対し、「文明」は人間の知恵が進み、技術が進歩して、生活が便利に快適になる面に重点をおくとしています。
 なるほど、ラスコーの壁画は、言葉を持たなかった時代にあって残されたものという意味では、思考・価値観の伝達としての「文化」と呼んで差し支えないと思われます。そして、「文化」と「文明」の使い分けは、「文化」が各時代にわたって広範囲で、精神的所産を重視しているのに対し、「文明」は時代・地域とも限定され、経済・技術の進歩に重きを置くというのが一応の目安とされています。
 例えていうと、「中国文化」というと古代から現代までですが、「黄河文明」というと古代に黄河流域に発達した技術的色彩の強い生活様式に限られると思います。「西洋文化」は古代から現代にいたるヨーロッパ文化をいうと思いますが、「西洋文明」は特に西洋近代の機械文明をいうという感じでしょうか。現代は、「文化」のほうが広く使われ、「文化住宅」「文化生活」「文化包丁」などでは便利・新進の意となり、便利さを表現するという意味では、「文化」と「文明」はかなり重複した意味で使われています。ただし、「文化」は、精神的・地域的普遍性を、「文明」は物質性・地域的限定性をニュアンスとして持っているようです。

 ここから、再び、坂井修一氏の散文を引用させていただきます。
 パブロ・ピカソは言う。「芸術はそれ自体発展することはない。思想が変わり、それとともに表現形式が変わるのである。」これは2万年前からの真実であり、2万年後も人類が存続していれば正しいことがわかる、坂井修一氏はそう語ります。
 ラスコーの壁画、ギルガメッシュの物語、古代エジプトの建築やギリシャの彫刻。文化・芸術は、時代とともに変化し続けたが発展したわけではありません。人間の歴史というとき、多くの人は文化・芸術の歴史ではなく、文明の歴史を考えるようです。メソポタミアで農耕が始まり、貨幣が発明され、都市国家ができる。国々が戦争をしながら発展し、産業革命がおこり、ハイテクの世界となる。医療の発展とともに、平均寿命は80歳を超える。このように文明は進歩しますが、文化は進歩せずに、変化するだけだというのです。

 「文化」は、精神的・地域的普遍性をいうことを前提にすると、言葉を換えて、「人間」そのもの(文化)は発展せず変化するだけ、その「人間」を取り巻く環境(文明)は物質性・地域的限定性であるがゆえに、その利便性につき進歩発展があるのかもしれません。

 私は、「文化」と「文明」の峻別に意識を置くことが、未来を伺う材料となると読めて、坂井氏の文章には多くの含意があると睨んでいます。


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