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教育資金特例を活用した生前贈与
1.はじめに
平成25年度税制改正において、「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置(以下、「一括贈与教育資金の非課税制度」という。)」が講じられました。その背景について、文部科学省の税制改正への要望書は以下のように述べています。
日本の教育費については私費負担割合が大きく、家計に占める教育費負担も高くなっており、幼稚園から大学まで全て私学に進学し、更に留学した場合には約2,000万円の教育費が必要とされています。文部科学省の要望書によると、2011年の幼稚園・小中学校・高等学校・大学の入学者数は約465万人。このうち子供の教育資金を目的に貯蓄を行なっている家庭が約2割であることを踏まえると、一年間に一括贈与教育資金の非課税制度を利用する可能性があるのは約93万人にものぼるとしています。
一方で、新聞紙上では信託銀行や一部の資産税に特化した会計事務所のセミナーの活況が報じられており、そのような背景から、一括贈与教育資金の非課税制度については、特に高齢の富裕層の人たちの関心の高さを感じます。改正法案が公表されていないため、詳細については不明な部分も多いのですが、「教育資金の贈与」について、現行法と改正法案の課税上の取扱いの差異について述べ、その利用勝手を検証します。なお、この原稿は 株式会社 ぎょうせい「月刊税理」に寄稿したものの内容を抜粋したものです。詳細は「月刊税理」5月号をご参照ください。
2.制度創設の背景
一括贈与教育資金の非課税制度の要望の出所は「文部科学省」と「一般社団法人 信託協会」です。文部科学省は、要望書の「施策の必要性」において「@資産の世帯間移転を促す事により、我が国にとって大きな財産である潤沢な個人資産を活用し、一括で教育資金の確保を図ることにより、若年層の将来の不安を和らげ、グローバルな人材を育む。A贈与された資金の一部が貯蓄を通じて我が国の産業の成長に寄与するといった我が国資金の好循環を形成する事が可能となる。」としています。
文部科学省は高齢者の孫に対する熱い想いを世帯間資産移転促進のエネルギーに変え、その思いにより拠出された資金が産業界に供給されることを期待し、一方で信託銀行業界は、新たな信託商品の開発のチャンスを得たということになるわけです。
3.制度の概要(現行法との比較)
(1)現行法による扶養義務者間の教育資金の贈与
@ 教育資金の贈与の非課税
扶養義務者相互間(配偶者・直系血族及び兄弟姉妹)において、生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものは、贈与税は非課税としています(相法21条の3第1項2号)。贈与税の非課税規定の適用に関しては、贈与の当事者(贈与者・受贈者)について扶養義務者間と定めるのみであり、例えば親が扶養しているから祖父母は適用がないとか、同居していないから対象外とするなどの規定はありません。
A 民法上の扶養義務者の考え方
民法877条は、直系血族及び兄弟姉妹については、これらの各グループ間における扶養義務を定めています(877条1項)。また、配偶者間では同居・相互扶助すべきこととされ、当然に扶養義務があります(752条)。このほか家庭裁判所は、特別の事情があるときは、審判により三親等内親族間においても扶養義務を負わせることができるものとしています(877条2項)。
B 相続税法上の扶養義務
扶養義務者について、相続税法1条の2では、「配偶者及び民法877条に規定する親族をいう」と規定しています(相基通1の2−1)。その解釈からは、直系血族の場合の「扶養義務者相互間」とは、贈与の当事者が相互の直系血族であれば、これに該当することを意味し、贈与の当事者である贈与者及び受贈者の組み合わせを父母と子を第一順位とし、祖父母と孫を第二順位とするなどの解釈は出てきません。民法878条は、扶養義務者が数人いる場合の扶養をすべき者の順序について当時者の協議によるべきとしており、これが調わなければ家庭裁判所の審判で定めることになっています。
その解釈からも、たとえ別生計であっても、祖父母から孫に対する贈与は非課税とされる(親が子どもと同居していたとしても)のです。また、被扶養者(子供や孫)に資産や所得(成人であったとしても)があった場合でも、さらに、所得税法における扶養親族の判定から除外される者でも、被扶養者の需要と扶養者の資力その他の一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる資産の供与を「通常必要と認められるもの」であるかどうかを判断するものとしています(相基通21の3−7)。
C 教育費のうち通常必要と認められるもの
したがって、祖父母が孫に対して教育資金として贈与する場合であれば、その金額が医科大の入学金や学費のように多額であっても、「必要な都度、直接これらの用に充てるための贈与」であれば贈与税は非課税とされることになります。ただし、教育費の名目で取得した財産を、預貯金した場合あるいは株式や住宅の購入資金に充当したような場合などには、「通常必要なもの」には該当せず贈与税が課税されます。
また、「教育費」とは、被扶養者の教育上通常必要と認められる学資、教材費、文具費等をいい、義務教育費に限らず、高校、大学、各種学校等における教育費も含まれます(相基通21の3−5)。
(2)平成25年改正により創設された教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置
@ 概要
受贈者(30歳未満の者に限る。)の教育資金に充てるためにその直系尊属が金銭等を拠出し、金融機関(信託会社(信託銀行を含む。)、銀行及び金融商品取引業者をいう。)に信託等をした場合には、信託受益権の価額又は拠出された金銭等の額のうち受贈者1人につき1,500万円(学校等以外の者に支払われる金銭については、500万円を限度とする。)までの金額に相当する部分の価額については、平成25年4月1日から平成27年12月31日までの間に拠出されるものに限り、贈与税を課さないこととされます。
A 教育資金
教育資金とは、文部科学大臣が定める次の金銭をいう。
イ.学校等に支払われる入学金その他の金銭。
ロ.学校等以外の者に支払われる金銭のうち一定のもの。
B 非課税申告書
受贈者は、本特例の適用を受けようとする旨等を記載した教育資金非課税申告書(仮称)を金融機関経由で、受贈者の納税地の所轄税務署長に提出しなければならなりません。
C 払出しの確認等
受贈者は、払い出した金銭等を教育資金の支払いに充当したことを証する書類を金融機関に提出しなければならず、金融機関は、提出された書類により払い出された金銭が教育資金に充当されたことを確認し、その確認した金額を記録するとともに、当該書類及び記録を受贈者が30歳に達した日の翌年3月15日後6年を経過するまで保存義務があります。
D 終了時
受贈者が30歳に達した場合、非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残額については、受贈者が30歳に達した日に贈与があったものとして贈与税を課税することとされています。ただし、受贈者が死亡した場合には、非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残額については、贈与税を課さないとされています。
E 調書の提出
イ.受贈者が30歳に達した場合
金融機関が本特例の適用を受けて信託等がされた金銭等の合計金額(以下非課税拠出額)という。)及び契約期間 中に教育資金として払い出した金額(上記Cにより記録された金額とする。)の合計金額(学校等以外の者に支払わ れた金銭のうち500万円を超える部分を除く。以下「教育資金支出額」という。)その他の事項を記載した調書を 受贈者の納税地の所轄税務署長に提出します。
ロ.受贈者が死亡した場合
金融機関は、受贈者の死亡を把握した場合には、その旨を記載した調書を受贈者の納税地の所轄税務署長に提出し なければなりません。
生前贈与加算の対象財産は非課税財産を除く(相法19条)と規定していることから、教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置に該当する贈与については、相続開始前3年以内に被相続人から贈与を受けた財産であっても生前贈与加算の対象にならないものと思われます。
4.活用のポイント(メリットデメリット)
(1) メリット
@ 使途の明確化
信託銀行等の信頼のおける第三者に使途限定(教育資金)の資金を付託することから、子や孫が、浪費などの教育以 外の目的で資金を使うことを防ぐことができます。
A 相続税額の引き下げ
贈与者の余命が短いと予想され、相続税の課税が想定されるについては、相続財産を生前に減少させることが可能と なり、結果としてかなりの相続税額の引き下げが可能になります。
B 父母世代の相続課税の回避
祖父母から孫への贈与は、父母の世代の相続税課税を結果として回避することになります。
(2) デメリット
@ 信託手数料
信託銀行等に対する信託報酬(手数料)が発生します。
A 証憑書類の保存義務
従来の教育資金の贈与に関しては、通常必要とされる金額までならば、特に証憑書類の保管義務は定められていませ ん。これに対し「一括贈与教育資金の非課税制度」を採用した場合には、信託銀行等に証憑書類等を提出し、記録等 を保持してもらう煩雑さがあります。
B その都度贈与との差異
子供や孫などの被扶養者の生活や教育資金については、通常は親がその収入の中から拠出し、その姿を子供が見て学 習するという家族主義に則ることが前提です。ところが、「一括贈与教育資金の非課税制度」を採用した場合には、 子供は直接の家族からではなく、金融機関から引出、金融機関へ証憑書類を預けることが建前となります。被扶養者 の将来の不安を解消する効果があるということではあるが、被扶養者にその教育資金の原資がどのような過程を経て 形成されたものかを実感させる機会を奪う危惧は残ります。
(文責 坂部 達夫)